自然が生み出した大きな山と、人間が作った無骨な工場。
全く違うイメージの2つが混ざる光景が、静岡県富士市にあると聞き、行ってみた。
東京駅から、東海道新幹線で約50分かけて三島へ向かう。
さらに三島から東海道線で約20分。
吉原駅に降り立った。
JRの改札を出て、閑散とした道を少し歩くと、別の駅舎が見えてくる。
岳南電車の吉原駅だ。
岳南電車は、東海道線の吉原と、富士山に近い岳南江尾を結ぶ路線だ。
10駅あり、全線の所要時間は約25分。
工場夜景の素晴らしさから、観光列車も時折運転される。
「乗りますか!?」
そう叫んでいたのは、階段の上に立っていた駅員さんだ。
ジリリリリリリ!
発車ベルの音もする。ちょうど電車が出る時間だと悟った。
慌てて階段を上り、窓口で「終点まで」と告げ、硬券の切符を購入した。
改札を抜け、1両の電車に飛び乗る。その間、発車ベルは鳴り続けていた。
(ローカル線は、こういう時に融通が利くなあ……)
そう思っていると、ベルが止みドアが閉まった。
電車が発車し、少しずつスピードを上げていく。最も早いと思われる速度でも、ゆったりしている。
距離が短いため、すぐ次の駅に着く。
先頭で操作をしていた男性が、運転台から出てきた。
四角い缶を持ってドア付近に立ち、降りる客の切符を回収する。
運転士が車掌の役割を兼ねる、ワンマン運転だ。
降りる時は、運転士が待つドアから降りることがルールとなっている。
乗った車両は、7000形という。
かつて京王井の頭線で活躍していたものだ。
上半分はブルーグリーン、下半分は銀の、ツートンカラーだ。先頭には、2枚のガラスが並ぶ。
側面は、ブルーグリーンのラインが彩る。レトロながら爽やかさも感じられる車両だ。
乗った日は、「LOVE2021」とハートが描かれたヘッドマークが付いていた。
この他、オレンジに白いラインの車両もある。
車窓は、工場と富士山の裾を映し出す。
岳南電車のある富士市は、製紙業の町として栄えている。
どの工場からもモクモクと、白い水蒸気が上がる。富士山は頂上を雲で隠し、裾の青さを見せる。
白と青のコントラストが、どこまでも広がっていた。
沿線で最もにぎわいのある駅は、吉原本町だ。
歩いてすぐに、商店街へとたどり着く。
端の方まで歩くと、B級グルメ・つけナポリタンで有名な『コーヒーショップ・アドニス』がある。
つけナポリタンは、ざるに上がった太麺を、トマトソースのつけ汁に浸して食べるB級グルメだ。
味とボリューム、共に満足感があった。
他の路線では味わえない迫力があるのが、岳南原田と比奈の間だ。
サビだらけで複雑に組み込まれた、パイプを支える柱。無数のパイプ達は、離れた2つの工場をつなぐ。地面の一部からは、水蒸気が立ちこめる。
そんなパイプ達の下を、電車がくぐり抜ける。
その瞬間は、工場の敷地に入ったかのような感覚を覚えた。
無骨な建造物に囲まれるのは、こんなにもドキドキすることなのか。
乗った人にしか分からない、言語化が困難な体験だった。
終点の岳南江尾は、他路線に接続していない。
無人駅であり、周囲には数軒の住宅と新幹線の高架があるだけだ。
鳥の鳴き声がする以外は、音がしない。
(静かな終着駅か……)
そう思ったときだった。
ドドドドド……ヒュンヒュンヒュンヒュン!
轟音を発しながら、新幹線が一瞬で通過していく。
静寂を突き破る、通過音。あまりのギャップに、心臓が止まりそうになった。
なお、この駅は「日本一市民のキモチが盛り上がっている駅」らしい。
駅名標には流れ星が描かれている。
何とも夢がある。
すぐに、電車の折り返しの時間がやってきた。
岳南江尾からは、切符を買わずに電車に乗った。
無人駅で券売機もなく、買えないからだ。
代わりに降りる駅で、ワンマンの運転士に運賃を払った。
東京の鉄道では考えられない支払形態だ。
岳南電車は、白い水蒸気と青い山脈の沿線を走る、ダイナミックさと静けさを持ち合わせたローカル線だ。
2021年3月乗車