鶴見には、「都会のローカル線」で親しまれる路線がある。一体どんな鉄道なのか。
JR京浜東北線で、鶴見へ向かう。
ホームから階段を登りコンコースを歩くと、出口ではないのに改札が並ぶ場所がある。
これが、鶴見線ホームへの入口だ。
改札でICカードを当てて、ホームへ入る。
鶴見線は鶴見以外無人駅だ。
無賃乗車を防止するため、改札で鶴見駅を通った証を残す必要がある。
鶴見線は、行き先が3本に分岐している。
本線は最も長く、扇町が終点だ。
支線は、鶴見から4つ目の駅で分岐する海芝浦支線と、5つ目の駅で分岐する大川支線がある。
車両は205系という、国鉄時代からあるものだ。
加速時の音は唸るようだ。
ドアは「プシュー、ガタガタッ」と、ぎこちなく開閉する。
3両しかなく、短い。
黄色と水色のラインが、無機質な工場街に華を添える。
鶴見線ホームは、太い鉄骨で支えられた屋根と、薄暗さを強調する蛍光灯が特徴的だ。
すぐに、電車が来た。
休日の朝、ドアから多くの人が降り、待っていた人がドアに踏み込む。
2本見送って、ようやく私の目当ての電車がやってきた。
大川行きは、鶴見線で最も本数が少ない。休日は、1日3本しかない。
横浜市や川崎市を走る路線なのが信じられない。
鶴見を発車して、さほどスピードを上げないまま、次の国道駅に着く。
ホームを降りる階段から、大きなアーチと暗い通路が見える。
改札を抜けると、そこには規則的に続くアーチに囲まれた通りがある。
昼でも光はなく、湿った匂いが漂う。
現役の店は、「やきとり国道下」。
不動産屋「三宝住宅社」は力強い看板を掲げているが、現役ではなさそうだ。
「荒三丸」も居酒屋のようだが、扉の向こうには何もなさそうだ。
昭和のダークな世界が、この通路にだけ残っている。
国道、鶴見小野と乗っていき、鶴見産業道路をくぐると、雰囲気が一変する。
住宅やビルは姿を消し、工場と発電所を敷き詰めた区域を行く。
線路は廃線跡のように雑草に覆われ、駅のホームはどれも短い。
踏切を渡る車は、トラックやタンクローリーといった大型車ばかりだ。
日常とかけ離れた景色を窓に映しながら、ゆっくりと走っていく。
電車は安善を出ると、隣の武蔵白石ギリギリまで近づく。
そのままホームへ滑り込むと見せかけて、90度近いカーブを曲がる。
カーブを曲がってから、川を渡る。自然の川ではなく、運河だ。
「日清製粉」と書かれた建物が大きくなったところで、電車は停まった。
駅名標には、大川と書かれている。
時刻表は、ほとんど余白。
白い木造の建物は屋根が小さく、駅舎という言葉が似合わない。
周囲を工場に囲まれた、小さな終着駅だ。
改札代わりの機械にICカードを読み取らせ、駅を出た。
雑草が生い茂り、ひなびた雰囲気だ。
歩いて、武蔵白石へと向かう。
ゆらめく波の音がする運河に、リズミカルな機械音を発する工場。
歩くこと約20分で、武蔵白石の駅が見えてくる。
改札に入ると、すぐに扇町行きがやってきた。
いくつかの駅に停車したが、浜川崎を除いて人気がない。
浜川崎を過ぎると、複線だったのが単線になる。
線路が何本も敷かれた広大な敷地なのに、旅客輸送に使うのは右端のみだ。
貨物が優先された路線であることが分かる。
鶴見線本線の終点、扇町。
駅は小さなトタン屋根と木造の壁からなる。
旅客駅よりも、貨物駅の方がしっかりした建物だ。
機械にICカードを読み取らせて外に出ると、野良猫が身を寄せ合っていた。近寄っても逃げない。
駅の外では、あちこちから白い煙が立ち上り、車がビュンビュン行き交う。
風が強いため、発電用風車が高速で回転する。
近くで見ると、羽の大きさに驚く。
別の道へ行くと、工場の煙突が見える。
高い煙突からは、雲のように濃い煙が吐き出され、斜め上へと登っていく。
低い煙突からは、霧のような煙が排出され、真上に浮いては消える。
扇町に鶴見行きの電車がやってきた。
途中の浅野で下車して、待つこと20分。
海芝浦行きの電車が到着する。
工場に囲まれた中を走っていたが、左側に運河が見えてきた。
新芝浦駅だ。
駅を発車すると、すぐに90度近くカーブする。
突然、運河が大きな海へと変貌を遂げた。
遮るものがなくなって、空も高くなる。
海芝浦駅に到着する。
東芝の工場入口脇で、ICカードを読み取らせた。
駅のホームは、広大な海と接している。
遠くには横浜ベイブリッジ、近くには鶴見つばさ橋がかかる。
ベイブリッジは、H形の主塔が大きく見える。
鶴見つばさ橋の横を、タンカーが去っていく。
対岸には様々な建造物がある。
赤と白の市松模様が鮮やかなのは、発電所だ。
他にも、タンクが多く置かれた場所や、煙突がそびえる所もある。
普通のビルは全くない。
高速道路に注目する。
ベイブリッジから伸びた高速道路は、鶴見つばさ橋へとつながる。
橋を渡り終えると、道路は発電所の中をくぐるように張り巡らされる。タンクや煙突の中を抜け、人工島の彼方へ向かう。
高速道路の長さを感じられる。
ホームからは、潮の香りが漂う。
波がホームを打ち付け、「チャポッ、チャポッ」と音がする。
カモが一羽、ホームの脇で浮いていた。
遠くにも、カモが集まっている。
まだ眺めていたかった。しかし、一本逃すと次の電車は1時間後になる。
後ろ髪を引かれる思いで、折り返しの鶴見行きに乗った。
鶴見線は、本線も支線も秘境の駅が目白押しで、何度も乗りたくなる路線だ。
2021年11月乗車